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Voice of Japan 02
リアルな場ならではの体験とは?

3行でまとめると:

  • オンライン完結の体験とリアルな場での体験は棲み分けが進む
  • リアルな場には「ポジティブな想定外」が求められている
  • 「インタラクション」と「発見の楽しみ」がリアルな場での強い顧客体験を生む

イントロダクション

これまで当たり前のように会社の会議室で行われていたミーティングがZoomやMicrosoft Teamsで行われることが全く珍しくなくなったように、リアルな場で行われるのが当然だった体験をオンラインで完結する体験が次々に置き換えています。この置き換えは生活者の消費行動についても起きていて、コロナ禍がEC市場の追い風になっている裏側で実店舗を主な販売チャネルだった企業の一部で業績に深刻な影響が出ています。実店舗やリアルな場でサービスを提供する企業はどのような「リアルな場ならではの価値」を自社のサービスに反映させることでコロナ禍でも強いブランドを築くことができるでしょうか?インターブランド・ジャパンでは、生活者オンラインコミュニティRIPPLEを通して、様々な年代からなる生活者300名と継続的な対話を行い、日々変化する暮らしの状況に合わせて人々の内面はどのように変化しているのか理解しようとしています。今回はRIPPLEコミュニティのメンバーに聞いた「コロナ禍でのおでかけ体験・イエナカ体験」についての声をもとに「オンライン完結の体験に置き換わらない、リアルな場ならではの価値とは?」というテーマについて考えます。

1. オンラインとリアルの体験の棲み分け

『オンラインコンサートに参加しました。移動時間や交通費がいらない点はよかったのですが、何となく迫力や熱気に物足りなさを感じてしまいます』

「オンライン完結の体験」と「リアルな場での体験」のそれぞれの強みを比較すると、どのような違いが浮かび上がってくるでしょうか?先に挙げた職場でのオンライン会議と対面会議を例に見てみると、言うまでもなくオンライン会議は対面会議と比べると無駄がないこと、合理性を最大の強みとして持っています。通勤や客先のオフィスに訪問する時間を削減できたり、移動時間がないことで会議の日程調整がつきやすくなったというメリットを実感されている方も多いと思います。一方で、対面会議のときに起きていた会議室まで歩きながら雑談をしたり、偶然オフィスですれ違った他の部署で働く同僚に近況を話して新しい発想のヒントをもらうといったコラボレーションをオンライン会議で再現するのはなかなか難しいです。無駄を省いて効率的にタスクを処理したいときはオンライン会議などの「オンライン完結の体験」が求められ、新しい発見につながるような機会が欲しいときは対面会議などの「リアルな場での体験」が求められるというように、生活者のニーズに合わせた棲み分けが進んでいくのではないでしょうか。

Amazonなどの巨大ECショップを見ると、デジタルな体験の強みである「合理性」に価値を振り切っているように見えます。「Amazon定期おトク便」は注文の手続きさえすることなく商品を手に入れることができる仕組みで、このとき利用者は「醤油が足りない」「トイレットペーパーが切れるかも」といった心配を一切することなく定期的に送られてくる商品を受け取るだけで買い物を終わらせることができます(個人的な経験では、商品が送られてきてはじめてその商品を買っていたことを思い出すほうが多いくらいです)。さらに同社は冷蔵庫の中に入っているアイテムを認識し、なくなりそうなものを自動的に注文してくれるスマート冷蔵庫を開発中とも報じられており[1]、究極的にはECサイトへアクセスする必要さえなくなるのかもしれません。一方で実店舗に目を向けると、リアルな体験の強みである「新しい発見」を顧客に提供できている企業はまだ少数で、その方法論は開拓中と言えるでしょう。

『コロナ禍で活動が制限されていると日々を惰性で消費しがちです。異なる世界を経験することで、様変わりしない同じことの繰り返しの日常から飛び出したいと思っています 』

2. 時代のニーズにマッチした、リアルな場での顧客体験づくりのヒント

コロナ禍でイエナカ時間が増える中で、先に引用したコミュニティメンバーの声は「以前であれば気にもしなかった星空の移り変わりに目が向くようになった」「毎日通うコンビニの店員さんの髪型の変化にはじめて気づいた」「毎日同じものを食べていた朝食のメニューをその日の気分によって変えている」などの行動に現れる「どんなに小さな偶然の発見も見逃さずに噛み締めて、昨日と今日が繰り返しでないことを確かめたい」という意識の変化を示唆しているように思えます。リアルな場は一見無駄に見えることが新しい発見につながることがある点が特徴で、コロナ禍で生活者が求める「偶然の発見」を提供する顧客体験に最適な舞台なのではないでしょうか。例えば夕方まで寝てしまった予定のない休日、スマートフォンやPCを開く代わりに用事もないのに散歩のために外へ出るのは、街中というリアルな場に「何もなく終わってしまいそうな今日という日に、どんなものでもでいいからイベントを起こしてほしい」という期待があるから、と言えるでしょう。時代のニーズにマッチしたこの最適な舞台の強みを生かすことができれば、リアルな場オリジナルの強い顧客体験を作ることができます。

EC市場の拡大に対応する小売店舗の未来像を描いた『小売再生』で著者は、小売店舗は「確実性=目的のものを買いに来た顧客にその商品を提供できること」と「偶然性=思わぬ商品との遭遇がもたらすわくわく感やときめき」のバランスを取ることが充実したショッピング体験の肝であり、小売店舗はモノではなく体験を提供することで「偶然性」を強化した設計に変えるべきだと主張しています[2]。コロナ禍における生活者の「代わり映えのない毎日に刺激をもたらしてくれる新しい発見」への飢えは、本書の主張をさらに強く裏付けているように思えます。ここから生活者が今リアルな場には求めるのは「ポジティブな想定外」だと考えると、リアルな場での顧客体験づくりのヒントが見えてきます。

3. 「ポジティブな想定外」を生む仕掛け

リアルな場の強みを最大限に生かし、PCやスマートフォンで完結する体験に代替されづらい、リアルな場の強みを生かした「ポジティブな想定外」を提供しているリアルな場のケースを見ていきます。

Case1:来園者とスタッフが振る舞いのコード(規範)を共有する「東京ディズニーリゾート」

東京ディズニーリゾートの凄みのひとつは、来園者が「この場ではどのように振る舞うと楽しい時間を過ごせるか」を肌感覚でわかっている点にあると言えるでしょう。街中で見知らぬ人と会話する習慣がない日本では、アミューズメント施設であっても一般的には「来場者とスタッフ」「異なるグループの来場者同士」のインタラクションを自然発生させることはかなり難しいはずです。東京ディズニーリゾートはスタッフだけでなく来園者の間で振る舞いのコード(規範)が暗黙的に共有されていることで、例えば来園者が他の来園者やスタッフに話しかけた後のポジティブな反応を期待でき、来園者は偶然性に満ちたインタラクションを安心して楽しむことができます。実際、パーク内やアトラクション中に異なるグループの来園者同士でコミュニケーションが起きているのは全く珍しいことではありません。

Case2:ガチャポンを回すように買い物を楽しむ「100均ショップ」

100均ショップに行くと来店前は買うつもりがなかったものを手に握りしめてレジ前に立っていた、という経験はないでしょうか?100均ショップの来店者はその価格の安さから「毎日がちょっと便利になる商品が見つけられたらラッキー。自分のニーズには合わない商品で使わなくなってしまっても財布が傷まない」という感覚で新商品を試すことができ、私もつい「目的のアイテムを買うついでに欲しいものはないかな?」と目的もなく商品を探してしまうことがあります。「生活をアップデートしてくれる商品と出会えるかもしれない」という期待が100均ショップに足を運んでしまう理由のひとつであり、言い換えると「わくわく感を楽しむガチャポン」に似たこの感覚こそがコロナ禍でも業績好調な100均ショップの価値と考えられます。

上記のように、Case1に見える「その場で起きるインタラクション(やり取り)を顧客が安心して楽しめるコード(規範)をスタッフに浸透させ、顧客がその一部になりたいと思える世界観を作ること」、Case2に見える「顧客がまだ見ぬ商品を発見する楽しみを作り、発見後の購買ハードルを下げること」はリアルな場の強みを生かし「ポジティブな想定外」を生む顧客体験のヒントとなるはずです。このヒントをコロナ禍で強いブランドを築くための思考のきっかけとしてぜひ活用してみてください。

RIPPLEコミュニティでは今後も生活者の意識変化の兆候を捉えるための活動を行っていきます。最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献
[1]https://www.businessinsider.com/amazon-is-building-smart-fridge-that-monitors-your-buying-patterns-2021-10
[2]ラグ・スティーブンス(2018)『小売再生』(斎藤栄一郎訳) プレジデント社


田中 友輝
Interbrand Japanコンサルタント

慶應義塾大学商学部卒業。
テクノロジー企業にてコンシューマー向け製品のプロダクトマーケティングに従事。ハードウェア/ソフトウェアのGo-To-Market戦略策定やマーケティングリサーチ/UXリサーチを通じたプロダクト改善の実行を担当した。
インターブランドでは、主にC Spaceのオンラインコミュニティを活用して顧客インサイトの発見を通じた事業成長の支援に従事している。のべ1000人以上のコミュニティメンバーと日々対話を重ねた経験から、多様な生活者の価値観を踏まえたインサイトの導出を行っている。