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Japan Branding Awardsから考察する 新・ブランド戦略論

【Vol.2】「Japan Branding Awards 2024」GOLD受賞企業が語る(前編) 「破壊」と「再構築」でブランドが育つ

審査の評価指標(クライテリア)が大幅にアップデートされて迎えた「Japan Branding Awards 2024」。多くの応募企業のなかから栄えあるGOLDに輝いたBioré(花王)、Goldwin Inc.(ゴールドウイン)、SHIRO(シロ)。2025年1月23日に開催された授賞式において受賞した3企業によるパネルディスカッションが行われた。予測不可能な時代に、高く評価されたブランディングの取り組みとは。担当者から語られた本音とは。今回から2回にわけて、パネルディスカッションのレビューをお届けする。

花王株式会社 ヘルス&ビューティーケア事業部門 スキンケア事業部 ブランドマネジャー
小林 達郎 氏

株式会社ゴールドウイン 総合企画本部マーケティング部 部長
山屋 光司 氏

株式会社シロ 代表取締役会長 ファウンダー/ブランドプロデューサー
今井 浩恵 氏

(聞き手)
インターブランドジャパン シニアエグゼクティブディレクター ヘッドオブストラテジーグループ
畠山 寛光

畠山
皆さんこんにちは。 インターブランドジャパンの畠山 寛光と申します。GOLD、SILVER、BRONZEを受賞された9ブランドの皆様、改めましておめでとうございます。今回、GOLDを受賞されたBioré(花王)、Goldwin Inc.(ゴールドウイン)、SHIRO(シロ)の皆様に「ブランディングとは」「これからのブランディングはどうあるべきか」など、お話を伺っていきたいと思います。
今回、「Japan Branding Awards 2024」から、審査の評価指標(クライテリア)を大幅にアップデートしました。従来のアワードでは「ブランドの形がしっかり規定されているか」が重視されていましたが、今回のアップデートでは「これからのブランディングに求められることは何か」にフォーカスし、6つの評価視点を定義しています。

会社におけるブランディングの役割は、それぞれ異なります。ブランディングをいかに経営や事業に結び付けていくかは、多くの皆さんが悩むポイントではないかと思います。今回、改定したJapan Branding Awardsの評価指標では、ブランディングは「一方通行ではなく、様々なステークホルダーの方を巻き込み、関係性を深めながらやっていくものである」と提言させていただきました。今回GOLDを受賞された企業は、社員、地域の方々、ときには競合企業までをも巻き込みながらブランディング施策を展開されている点が本当に素晴らしいので、そのあたりのお考えも伺っていければと思います。
もう1点、先に受賞企業の共通点を挙げるとすると、「アップデート」「大胆さ」「可変」という言葉が想起されるでしょうか。GOLDを受賞された企業は、ブランドを伝え、作りながら、さらにアップデートし続けている点が素晴らしいです。具体的にどのような取り組みをされているのかについても、お三方に是非伺いたいなと思っています。

Bioréブランドは「自己否定型」で成長!?

畠山
では、まず皆様が「ブランディングの定義」をどのように考えられているのかお聞きします。花王の小林さん、「Bioré」ブランドにおける定義はいかがでしょうか。

小林
Bioréというブランドは1980年に生まれました。元々多くの人にとって当たり前だった固形石鹸で洗顔していた文化を否定し、中性の洗浄成分でできた洗顔フォームで顔を洗うという新たな習慣を作ってきました。洗浄という領域で、常に現状を否定しながら進化し続けてきたイノベーション精神をもっているブランドです。
このイノベーション精神の裏にあるのは、生活者の皆様の肌を良くしたいという思いと「本質を研究する精神」です。2019年頃、ブランドの社会的意義について全社的に考えるタイミングがありました。具体的には、花王の事業ドメインであるスキンケアと社会との関係性を捉えなおす、ということでした。そのときに着目したのが「環境ストレス」です。近年は猛暑に加え、紫外線が強い環境が当たり前になっています。そのほか、感染症の流行や花粉など、環境ストレスに囲まれているなか、肌をいかに良くし、守っていくかを徹底的に議論しました。結果、肌を人と人、人と社会との接点、すなわちヒューマンインターフェースと捉え、Bioréと社会との関係を構築する、そういう意味合いでのブランドだと捉えました。そういう意味では、社会的な意義を持ちながら、世の中を良くする推進力になるのがブランドと言えるのではないでしょうか。

畠山
Bioréと聞くと、「弱酸性」や「お母さんに優しい」といったイメージがありましたが、ヒューマンインターフェースを取り巻く環境変化により、ブランドが変化を遂げたというのはとても興味深いですね。変化のきっかけはありましたか。

小林
まさにその通りで、Bioréは「自己否定型」で成長してきたブランドなんです。ちょうど今日も社内の打ち合わせで「壊していいところは壊して良い」と話題に出たところです。壊して、再構築して成長させる、そんなことをやり続けています。1999年頃から「弱酸性」のイメージを持っていただき、ファミリー層にとって欠かせないブランドになったわけですが、肌を通じて世の中に貢献したいと考えたときに、紫外線は世界的に共通する社会課題なんですよね。そうなると、日焼け止めの要素がすごく大切になってくる。弱酸性でなければならない、ファミリー層でなければならない、という固定概念を持たず、アメーバのように成長していく。そのうえで成長を遂げていくというユニークなDNAがBioréにはあるんだと思います。

ブランドは目指すべき場所を示すコンパス

畠山
続いてゴールドウインの山屋さんに伺います。私はスキーをするのでゴールドウインというと、年配の方が愛用するTHE NORTH FACEのウェアを想起していたのですが、近年売り場も含めて、すごく変わってきているなという印象を受けています。何かきっかけのようなものはあったのでしょうか。

山屋
元々ゴールドウインは、THE NORTH FACEをはじめとした複数のブランドを国内で展開する事業がメインでした。コロナのタイミングで事業計画を見直すことになり、改めて我々がどこに向かうべきか、協議されました。結果、ゴールドウインという企業ブランドをプロダクトブランドと一緒にし、グローバルで理念を知ってもらい、仲間を増やしていこうという大方針が決まりました。畠山さんにお感じいただいた変化はまさにその部分だと思います。

畠山
具体的にどのような活動から始めていったのでしょうか。

山屋
元々、ブランドについては社内で課題を抱えていました。端的に言うと、コーポレートブランドのCI(コーポレート・アイデンティティ)と、プロダクトブランドのPI(プロダクト・アイデンティティ)が違うデザインだったりしました。同じブランド名をサイトで検索すると複数のロゴが出てきてしまう状況ではいけないと感じました。お客様にとってもゴールドウインの人格や理念が見えづらいことは大きな問題で、これをまず一つにしなければならないという動きから始まっていきました。

畠山
でも、これって社内の説得や調整が大変だったんじゃないですか。

山屋
そうですね。印象的に残っているエピソードは、役員向けにプレゼンテーションした際に伝えたメッセージでしょうか。「ゴールドウインというブランドをグローバルに広げる新しい航海に出る際に、ブランドは目指すべき場所を示すコンパスだと思う。そのコンパスをこれからのゴールドウインの未来をつくる私たちに作らせてほしい」と。それならばやってみろと経営陣に背中を押していただき、様々な施策に取り組むことができました。

畠山
なるほど、聴講されている皆様においても、経営陣と現場の意識のギャップに悩まれている方も多いんじゃないかなと思います。現場の熱い思いが経営陣に伝わり、新しい変革につながった好事例だと思います。

全部壊す。壊し続けても、大事なものは絶対に残る

畠山
今井さんは、SHIROのファウンダーやブランドプロデューサーでもいらっしゃいます。今井さんにとってブランディングとは何でしょうか。

今井
小林さん、山屋さんのお話を伺い、とても考えていらっしゃるなと感動しながら聞いていました。私はブランディングについて考えてきたというよりも、自ら作ってきたものを壊す作業を必死にやってきた結果、ブランディングにつながったように思います。

畠山
先ほど小林さんも「破壊」というキーワードを挙げられましたね。ブランドというと、一般論では徐々に積み上げていく意識があるように思うのですが、作ったものを壊すという気持ちはどうして生まれているのでしょうか。

今井
365日24時間、SHIROのことを考えているので、自分が一番飽きるんですよね。その「飽き」はおそらく周りも近い将来起こることだろうと思っているので、作戦を変えたり、手放したり、壊したりする。結果として、また違うことが起きるんだろうと。先ほどの山屋さんの話もとても素晴らしいなと思って聞いていました。経営陣に対して「私たちが未来を作っていくのでやらせてください」と言える文化がある。そういう文化っておそらく経営陣の方が作り上げたんだと思うんです。

畠山
「壊す」というのは、すべて壊すんですか? これは残す、残さないなどあるんでしょうか。

今井
全部です、全部。そうすることで、SHIROって何なんだろう、となる。壊し続けても、大事なものは絶対に残る。世の中が本当に必要としているものは、自ら壊してもやっぱり残るんです。それはお客様に判断いただく。そのプロセスの中で、SHIROというブランドが勝手に出来上がっていった。お客様に育てていただいているんです。

畠山
ブランディングは常に進化し続ける必要があると考えていましたが、すべてを壊して新しく作るという発想まで思いが至りませんでした。

今井
要は「手放す」ってことですね。SHIROというブランドをお客様や社会に「どうぞ持っていってください」と委ねる。こちらから何か操作もしません。コントロールやマネジメントという概念を持ち込んだことはありませんね。良いものを作れば、必ず必要とする方に届き、その方々がちゃんと広めていってくれる。

畠山
興味深いですね。良いものを作れば伝わるとされた時代から、競争が激しく、選択肢も多い時代に、それでは伝わらないからブランディングが重要とされてきた部分もありました。それが元に戻っているというか、良いものを作れば伝わる時代になってきているんでしょうか。

今井
いくら会社が良いと思っていても消費者が決めることなので、売れないものであれば良いものじゃない。それは社会が決めるのではないかと。

ブランドと経営は一体となり、連携することが重要

畠山
続いてブランドと経営、ブランドと事業の位置づけをどう捉えているか、伺っていきたいと思います。ゴールドウインの山屋さん、いかがでしょうか。

山屋
ブランドは、社員だけでなく、ステークホルダーの皆様と目指すべきところはどこにあるのかを示す北極星のような役割だと思っています。それをベースにやるべきことを考える。「Why(なぜ)」の部分を突き詰めていくのが経営だと思っています。ブランドは、お客様にどのように体験を作るか、「How(どのように)」「What(何を)」の部分ですね。これらは一気通貫であるかどうか、お客様は感じる部分があると思うんです。会社はこう言っているけど、お店では何か違う、ということが起こってしまうと、お客様の気持ちも離れてしまう。そういう意味で、ブランドと経営は一体となり、連携することが重要なのではないでしょうか。

畠山
ゴールドウインのパーパスは「人を挑戦に導き、人と自然の可能性をひろげる」です。このなかにスポーツという言葉がありませんね。あまりにもかけ離れてしまうと、事業と乖離してしまう観点もあると思います。ここはどんな議論があったのでしょうか。

山屋
2020年頃、まさにこの議論を経営陣と喧々諤々やった記憶が思い出されます。ゴールドウインは、確かに従来、スタジアムでの競技やアウトドアなどが主で、個人が楽しむスポーツや冒険といった解釈でビジネスをやってきました。コロナを経て、ゴールドウインが向かうべきところを考えたときに、スポーツの定義を考え直そうと。そこで出た結論は、スポーツの起源は「遊び」であること。遊びのなかでこそ、ひらめきや感動が生まれ、常識やルールが更新される。遊びという原体験を大事にしようという方針のもと、様々な取り組みを行っています。

畠山
そうした考えは現場で浸透しているのでしょうか。

山屋
実は、浸透したきっかけとなった取り組みがあります。2022年に東京ミッドタウンと富山県富岩運河環水公園と富山県美術館で、子どもやファミリーを対象として行ったイベント「GOLDWIN PLAY EARTH PARK」です。元々2020年に創業70周年を記念して行う予定だったものを一度寝かせて行ったイベントなんです。自由に子どもたちに遊んでもらえる場を作ったわけですが、実はこのイベント、どこかの会社に委ねて運営したのではなく、社員が毎日炎天下のなか、パークに立ち、子どもたちと一緒に遊び、運営しました。ほとんどの社員が携わるなかで、自ら考え、どういった未来を実現したいか議論する機運が生まれたんです。

北海道砂川市に感謝するブランドでありたい。結果はおまけみたいなもの

畠山
頭で考えるのではなく、体験がきっかけになったのはとても興味深いですね。
そのなかで今井さんに伺います。創業以来北海道砂川市内の⾃社⼯場で製品製造を続けるだけでなく、SHIRO ブランドの新⼯場を中⼼に地域、顧客とともに取り組む街づくりをスタートさせたことも、受賞の大きな理由でした。こうした活動をなぜやろうと思われたのか、今どんな風に思われているのか教えていただけますか。

今井
正直、最初のきっかけは忘れてしまったのですが、活動する過程で思ったのは、SHIROブランドが成長し、利益を出し、税金を納めることができるようになり、社会を見たときに、社会にはたくさんのひずみがあるように感じたんです。企業が税金を納め、行政が教育、環境、地域の問題などに取り組むことだけが全てではないのではないかと。地球の財布は一つで、その財布をみんなが分配している、利益は地球から預かっているものだと思えば、自分の事業だけに再投資するのではなく、地域に使ったり、社会が良くなることに使ったりしても良いのではないか。結果として従業員が頑張る目的につながったり、行政の目や手が届かないところを良くすることができたりするのではないか。そんな風に思ったんです。

畠山
SHIRO ブランドのモノづくりを常時公開する開かれた⼯場「みんなの工場」の実現に向け、来場者や世の中に届けられる価値について、トップ⾃ら毎週⼯場の朝礼に参加して対話を重ねながら社内スタッフの理解・共感を得ていったことは本当に素晴らしいですね。市民とのワークショップを26回にわたって実施し、結果として、2021 年に開始したふるさと納税のSHIRO 返礼品出品による砂川市への寄付額は2023 年で年間7.4 億円にも上り、こども医療費助成事業の対象の拡⼤、学校給⾷費の無償化に貢献されています。

今井
それはあくまで結果なんです。そのためにやるぞ、と思ってやってるわけではなく、創業の地である砂川市に感謝するブランドでありたい、恩返ししたいという目的ですし、結果がついてきたのはあくまでおまけみたいなものです。

畠山
本当に素晴らしいですね。

あえてハッキリと決めていないのがBioréのすごいところ

畠山
花王の小林さん、Bioréのブランドにおいては、事業との位置づけをどう考えていますか。ブランドはツールとしての位置づけなのか、もっと上位概念なのか、など是非教えてください。

小林
ツールとしてブランドを使っているという認識はあまりないですね。Bioréというブランドが、生活者に対してあるべき姿でいられているのか、年に一度、関連部署と定期的に見直しをしています。現状に満足するのではなく、未来にどうあるべきかをきちんと議論することで、それがモノづくりの指針につながっていったりするんです。管理部門と共有することで、新しい発想も生まれています。

畠山
そうした指針を可視化したり、共有したりといったこともしているのですか。

小林
花王では独自の評価指標をいくつか持っています。Bioréといっても、現在では日焼け止めや洗顔料、メンズ美容など、様々なカテゴリーの商品があります。サブカテゴリーの活動含め、ブランドにどう貢献しているのかを見える化し、定期的に見直すことで、この先何をやっていくべきか議論でき、関連部門とも共有しながら事業をさらにアップデートしていくことができています。

畠山
Bioréという一つのブランドでありながら、幅広く次々と新しいカテゴリーに、違う価値観の商品が生まれていますね。今井さんの言葉を借りると「全部壊しちゃう」ことに近いようにも捉えられますが、どんどん世界が広がっていく中で、「Bioréらしくない」とか「ここまでは壊して良い」とか、概念の整理や共有のようなことはされているんでしょうか。

小林
実はあえてハッキリと決めていないのがBioréのすごいところなんです。肌を通じて、人と社会を良くすることができるのであれば、何をやってもいい、ということですね。それくらい自由闊達な環境にあると思います。自己否定を繰り返し、成長してきたブランドなのでBioréにはそういうDNAが根付いているのではないかなと思います。

畠山
なんでしょう、モノづくりのイノベーション精神のようなものが根付いているんでしょうかね。一方で、メンズビオレだったり、お母さん向けのものであったり、色々なカテゴリーの商品が出てくると、ブランドマネジャーとして怖くなったりしないのでしょうか。ブランドは一貫性が大事とも言われているなか、どのようにまとめているんでしょうか。

小林
そういう意味では、一貫性は極端な話、なくてもいいんです。細かい規定もあまり作っていないのですが、共通しているのは、どんなカテゴリーの商品の取り組みであってもBioréというブランドにきちんと帰ってくるようにそのフォーメーションだけは決めています。自分たちの活動が、Bioréにどう帰結しているのか、定期的に確認していくと、お客様から見たときに、時代によって極端に変わっても良いという結論になります。コロナの時期では、消毒であったニーズも、コロナが落ち着くと、日焼け止めがお客様にとってBioréの当たり前になったりもするわけです。社会や生活者にとって意義のある商品やカテゴリーが顔になっていけばよいわけです。これはとても大胆なマネジメントだと思っていますし、私も最初は衝撃的でした。チャレンジしていくことが奨励されている文化はありますね。

畠山
コーポレートブランドと事業のすみわけという点で、山屋さんに伺います。多くのブランドを手掛けるゴールドウインでは、複数あるブランドをどのように位置付けていらっしゃるのでしょうか。

山屋
今我々はTHE NORTH FACEをはじめ、19のブランドを抱えています。すでにブランド・アイデンティティが確立されているものから、まだそうではない小さなブランドもあり、それぞれコンディションが異なります。ブランドはコンディションによってコミュニケーションや連携の仕方が変わりますから、ここは都度すり合わせていますね。

(第3回に続きます)