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真のブランド・リーダーシップを考える

世界的に著名な理論物理学者であり、作家でもあるカルロ・ロヴェッリは、ベストセラーとなった『Helgoland (邦題:『世界は「関係」でできている:美しくも過激な量子論』)』の中で、1925年に24歳の若き物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクが、物事の本質についての人々の考え方を一変させるような根本的な洞察をいかにして身につけたか、というストーリーを語っています。またロヴェッリは最近のインタビューで、世の中がどのように存在し機能するのかを説明する上で、量子物理学が、直感や世の中の一般的な通念を超えたミステリアスな側面を持ちながら、驚異的な急進的展開をしていることについても言及しています。

現思考からの脱却

量子物理学の登場は、絶え間なく変化が続く世界の中では、直感的に理解できるものから離れ、時に飛躍した思考も必要であることを教えてくれています。そしてその思考は、ロヴェッリの言葉を借りれば、「新しいことを学ぶというより、以前に学んだことを忘れる」プロセスと言えます。

現在の世界経済に関する議論の中で、私たちは今、まさにこの「量子論的瞬間」を迎えていると思えてなりません。国や地域を超え、地球的な規模の危機により揺さぶられている今、企業や事業のあり方、経済成長、そして資本主義や自由主義などのイデオロギーに至るまで、これまでの基盤となっていたものが破綻しつつあり、株主価値を唯一の指標とするこれまでの思い込みは、今では、崩壊したパラダイムの遺物となりました。必然的に企業の役割は変化し、ブランドに対する理解も変化しています。

「Best Global Brands 2022」レポートでは、現在、世界が抱える課題をいくつか取り上げました。枯渇する資源、気候変動、パンデミック、不平等、経済の不確実性、過剰消費、人道的危機、政治的な分断、そして戦争。こうした問題の中で、企業は本来必要不可欠な存在でありながら、別の側面から見れば有害な存在でもあると見られてきました。しかし、もはやこの「必要悪」の消費主義的パラダイムにしがみつくことが現実的ではない今、企業は次にどこへ向かうべきなのでしょうか?

この問いに答え、より良い道を切り開くためには、まずブランドが今後果たすべき役割を理解する必要があります。

最も強力なナラティブとしてのブランド

“社会変革”は、今では思想家が語るものとしてではなく、企業が果たすべき中核的な役割の一つであると、広く認識されるようになり、もはや企業にとってのビジネスは、”単なるビジネス”ではなくなってきています。また、米PR会社Edelmanの調査レポート『Edelman Trust Barometer 2022』 によると、人々にとって最も信頼される組織として、企業は、政府、メディア、NGOを上回る評価となっています。

これらのことは、ブランドが世界で最も強力なナラティブ(ストーリー)であることを意味しています。

従来の伝統的な組織に対する人々の信頼が失われつつある今、これまでにないクライシスの中で、人々は真のリーダーシップを発揮する優れたブランドを変革の道標、アイコンとしてとらえ、マーケティング機能以上のものを期待しています。言い換えると、企業が社会にとってこれまで以上に中心的な存在になったということは、企業が信頼を形成するための重要要素であるブランドが、企業にとってこれまで以上に中心的な存在となった、ということなのです。

2021年に引き続き、2022年の Interbrand Best Global Brandsにおいて、上位10ブランドの累積価値(1,649百万米ドル)は他の90ブランドの合計価値(1,440百万米ドル)を上回るなど、その成長における格差が顕在化してきている中、過去10年間の Best Global Brands のレビューにより新たな成長群 (ブランド・リーグ) が明らかになってきました。

この成長群に属する多くのブランドは、優れた製品、サービス、体験を提供するだけではなく、例えば Appleのプライバシーに関する誓約、Nikeのインクルージョンに関するスタンス、その他多くの企業における従業員の権利保護など、今の時代に最も重要な論点について積極的に関与し、立場を表明しています。こうした動きは、これまでブランドは一貫して論争を避け、商売に徹してきた時代からの大きな転換となり、急速な広がりを見せています。新たな尺度が求められる今、議論を恐れて沈黙するのではなく、より大胆な行動が必要となっており、かつては健全な成長への着実で安全な道と考えられていた中立性は、今日ではむしろリーダーシップの失敗と見なされています。活動し具現化することこそが重要な時代となったのです。

正しく行うだけでなく、正しいことを行う

そうした動きのもと、価値の高い成長群のブランドにおいては、ブランドが持っているパワーと、その裏側にあるべき責任のバランスがしっかりと取れており、ブランドが単なる成長エンジンではなく、人々が期待する体験や倫理観をも変化させ得る、強力なリーダーシップを発揮するものとして存在しています。

「ドーナツ経済学」で知られるオックスフォード大学の経済学者ケイト・ラワースの提唱するドーナツ構造で例えるならば、こうしたブランドは、顧客の期待を常に上回りながら、法規制の枠の中で、かつ意図的に厳しく設定したエシックス(倫理的基準)の範囲内、まさにドーナツ型のエリアに存在していると言えます。

期待値を下回ると需要やロイヤルティがリスクにさらされ、倫理的基準をクリアできないと評判とガバナンスが危険にさらされます。ブランド価値の高い成長群の企業は、このドーナツの中で事業活動を行うことで、進むべき道を明らかにし、リーダーシップを発揮、リスクを軽減して成長を維持しています。そして社会や顧客との優れたインタラクションやそれを実現する意味のある行動により、パーパス以上のものを追求し、単なる成長以上のものを達成しているのです。

Interbrandは、ブランドにとって今後必要となる、こうした意志のある活動を「ブランド・リーダーシップ」と定義していますが、価値の高い成長群ブランドは、正しいことを正しく行い、最高の体験を提供し、妥協のない誠実さを持って行動しており、アイコニック(象徴的)な活動を行うことで変化を起こし、飛躍的な成長を実現するための基盤を築いています。

アリーナを超えた成長

優れた体験がブランドへのロイヤルティや共感・支持を高めることは当然であることに加え、ブランドの成長をもたらす重要な要因としてエシックス(倫理的基準)が浮上しているということは、時流にあったものであると考えられますが、一方でこの領域に関する研究による裏付けは、これまであまり多くはありませんでした。このギャップを埋めるために、Interbrandは2022年にグローバル消費者調査を行い、このテーマについての考察を行いました。回帰分析の結果、ブランドの倫理的信頼性と競争力の相関関係は、特に愛着度 Affinity、信用度 Trust、共創性 Participationといったブランド強度指標において、強くなっていることが明らかとなりました。

このことを人間関係になぞらえて考えてみると、例えば尊敬できるだけでなく、価値観を共有し、課題やニーズを解決してくれる人、さらに大切な瞬間に寄り添ってくれる人に出会ったら、その人ともっと一緒にいたい、もっと自分の人生に関わって欲しい、と思う可能性が高いのではないでしょうか。ブランドも同様で、あるブランドと強い情緒的・倫理的な結びつきがあるとき、またそのブランドが優れた製品や比類無き体験を提供し、妥協のない誠実さをもって行動するとき、私たちはそのブランドともっと時間を過ごしたい、成功してほしい、自分の生活により大きな役割を担ってほしいと思うようになります。さらに、そうしたブランドが新たな領域に足を踏み入れたときにも、ブランドとの信頼関係はすでに構築できており、私たちはそのブランドの挑戦をポジティブに受け入れることができるのです。

これこそがブランドの飛躍的な成長の起点であり、このようなブランドは、卓越した体験と誠実さを基盤として、従来の「事業の多角化」よりもはるかに自由で流動的な、多方面への事業展開が可能となります。「私たちはこんなことをやっていますが、あんなこともできます」ではなく、「私たちを信頼してください、そして、私たちがあなたのためにできることは他にもあります」ということなのです。

伝統的に、企業はひとつの特定の顧客ニーズに対応する製品からビジネスをスタートしてきました。Coca Cola、Gillette、Pampers、Colgateなどに代表されるブランドはみな、中核となる製品を中心にブランドを構築し、その強みを活かして成長を続け、カテゴリーリーダーになることを目指してきました。

一方で AppleやGoogleはどうでしょうか。もはやどちらのブランドも、そのカテゴリー(何をするか)を言い当てるのは難しいでしょう。しかし、顧客の “片付けるべきジョブ”(何を助けてくれるか)という視点に立てば、物事は明確になります。Appleは、私たちがConnect(他の人やモノと繋がりたい)、Do(仕事や家事を効率化したい)、Play(ストレスから解放されたい、自分らしくいたい)、そして最近ではThrive(よりよく生きたい)を支援しています。噂によると、近いうちにMove(移動したい、モノを別の場所に移動させたい)も支援するようになるかもしれません。Googleは、Learn(世界や仕事に関する知見を広げたい)、Connect、Move、そしてDwell(よりよい住生活を送りたい)を支援しています。Nikeは、ThriveとExpress(自分らしさや自分の大切なものを他の人に見せたい)、90年の歴史を持つLegoは、Learn、Playを支援し、そのやり方は年々幅を広げてきています。MicrosoftやDisneyのようなブランドにも同様のことが言えます。

重要なことは、これらの組織はその中核に、製品ではなく、ブランド・リーダーシップを据えている、ということです。そして、「ビジネスの周りにブランドを構築する」のではなく、「ブランドの周りにビジネスを構築している」ことです。優れたモノやサービスが世の中にあふれている今、こうした真のブランド・リーダーシップが必要であり、それに裏打ちされたブランドほど強力な資産はありません。

人々はこれらの企業のブランド・リーダーシップに信頼を寄せ、日々、正しいことを行い、厳しい決断に直面しても、正しく行うだろうと期待しています。またこれらのブランドが、新たな領域においても新しい方法で支援してくれることを望んでいます。

実際、本来領域の異なるプレーヤーが、ブランド・リーダーシップを活用し同じ資源を奪い合う競争が、さまざまなアリーナで起きています。Nike、Apple、Phillips、それに製薬会社など多くの企業が Thriveを支援したいと考え、Lego、Amazon、Netflix、Roblox、さらにはスポーツチームやミュージックバンドなど多様なプレーヤーが、人々のPlayを支援したいと考えています。このような状況下では、コロンビア大学ビジネススクールのリタ・マグレイス教授が語っているように、主要な競争相手が自分の業界にいると考えていると、危険な盲点が生まれます。

Interbrandはこれを「アリーナ思考」と呼び、クライアントに飛躍的な成長をもたらす象徴的な活動(Iconic Move)を起こすための基盤として考えています。

ブランド・リーダーシップの構築

最後に、ブランド・リーダーシップをどのように構築するのか、そのステップを考えてみましょう。

1. 自社のフィールドを探索する: 現在取り組んでいるニーズと、今後取り組む可能性のあるニーズを検討し、現在競合している相手と、今後競合する可能性のある相手を特定する

2. 可能性を探る: 現在の強み、関係性、そしてコンテクストの変化に基づき、今後どのようなジョブを顧客に提供、支援できるのかを考える

3. 実現する道筋(Trajectory)を定義する: 倫理的側面を含めた活動の核となる原則を決定し、ブランドが支援したいアリーナで優れた存在となるための道筋を考える

4. 行動(Moves)を起こす: ブランドのパーパスにインパクトを与え、人々の共感や支持が得られるような、意義のある、目に見える活動を展開する

今、私たちが直面している激動の時代には、「量子論的なリセット」が必要です。私たちは、従来の消費主義や株主資本主義から脱却し、ブランドが果たすべき新しい役割を受け入れなくてはなりません。

世界で最も価値のある100のブランドは、2022年に初めてその総額が3兆USドルを超えました。ブランドがこれほどまでに大きな規模と力、そして責任を持ったことは、未だかつてありません。今こそ、近視眼的な見方に陥ることなく、真のリーダーシップを持った優れたブランドが、顧客の選択や行動に与える影響力を発揮するべき時が来ているのです。

Manfredi Ricca
Global Chief Strategy Officer
Interbrand

Translated and edited from “Introducing Brand Leadership”: https://interbrand.com/thinking/introducing-brand-leadership/