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Voice of Japan 15
「ひとりになりたいけど、つながりたい。」繊細な現代人が心地よく暮らすためのヒント

3行でまとめると

  • ひとりで過ごすことを好む人が多い一方で、人とつながっている感覚も欲しい
  • 「たまたま居合わせた程度の見知らぬ人」との関わりに3つのメリットを感じている
  • 曖昧な「縁側」的環境が、人々の日常生活における心地よい暮らしを生む

イントロダクション

日本において、戦前は血縁・地縁、そして高度経済成長期には会社を家族と見立てる社縁が中心にあったように、私たちの生活には強い絆が存在していました。しかし今では、社会が成熟し多様なライフスタイルが尊重される中で、個人主義が目立つ社会となりました。実際に、1998年から2020年にかけて、「人づきあいは面倒くさい」と考える人の割合が増えたという調査結果もあります。[※1]

一方で、「人とのつながり」は幸福度と深い関係があるという研究も多く発表されています。同時に「家族や地域の絆が希薄化した」、「職場の人間関係が希薄になった」など、「人とのつながり」の希薄化が問題視されるようにもなってきました。

このような背景の中で、孤立しない程度に、人と関わりながら心地よく暮らすにはどうすればよいのでしょうか。家族や友人との深いつながりや、職場での人間関係も重要ですが、今回は日常生活上で起こるカジュアルな人との関わり方というテーマで考えてみました。

インターブランド・ジャパンでは、生活者オンラインコミュニティRIPPLEを通して様々な年代からなる生活者300名と継続的な対話を行い、日々変化する暮らしの状況に合わせて人々の内面はどのように変化しているのか、理解を深めています。

1. ひとりで過ごしたい一方で、人とつながっている感覚も欲しい

まず、日々の暮らしにおける「心から落ち着く居場所」をヒアリングしてみました。そして、結果を下記のように分類することができました。

  • 「居場所」・・・社会学者オルデンバーグが提唱したカテゴリーに沿って、ファーストプレイス(自宅)、セカンドプレイス(学校・職場)、サードプレイス(カフェ・スポーツクラブなど)に分類
  • 「過ごし方」・・・単独型(ひとりで過ごす)と交流型(人と交流する)に分類

最も低い結果となったのは、セカンドプレイス(学校・職場)を選ぶ人(5%)です。良い人間関係を築いている人でない限り、居場所として捉えることは難しいようです。

「落ち着く居場所」として最も多く挙げられたのは、ファーストプレイス(自宅)です。「ありのままの自分でいられる」などの理由で、45%の人がひとりで過ごすことに居心地の良さを感じていました。​

人と話すのは好きですが、どこかよく見せようと無理をしているところがあり、素の自分ではありません。疲れてしまうので、気を抜ける自分の家は本当に大事な場所です(女性30代)

一方で、サードプレイス(カフェ・スポーツクラブなど)をひとりで活用する人も多く(31%)、「ゆっくりとリラックスできる」「気分転換ができる」という理由があげられました。それ以外の理由の中でみられた「ひとりで過ごしたいが、なんとなく寂しい」「話をするわけではなく、笑顔で挨拶する適度な距離感が良い」などのコメントからは”他人の存在を気にせず、ひとりで過ごしたい気持ちはあるが、人とつながっている感覚が欲しい”という気持ちが読み取れました。​

確かに家も落ち着くけれど、今は一人暮らしなので少し寂しい。寂しくなった時、夕方散歩しながらドラッグストアに通っていて、いつもの店員さんがにこやかに対応してくれる(女性30代)

社会学者オルデンバーグは、サードプレイスの特徴として人との会話や交流が発生することを挙げています。[※2] しかし、日本においてのサードプレイスはオールデンバーグが定義した「交流の場」としてではなく、「やや希薄で曖昧な人との関わりの場」として捉えられているようです。

日本人は、集団主義の性質が強いと思われていますが、実際には個人の主体性を内に秘めています。集団の中で「異質な存在と思われてはいけない」という考えを無意識に持ち、個人の主体性よりも集団のルールに従うのです。[※3] そのような特徴をもつがゆえに、人間関係に窮屈さや面倒くささを感じやすく、ひとりでいることを好む人が多いのではないでしょうか。

一方で、今回の調査を通じて、ひとりで過ごしたいと思う一方で、どこかで人の気配を感じていたい(つながっていたい)といった繊細な気持ちがあることもわかりました。

2. 弱いつながりが秘める可能性

次に、「日々の生活における人との関わりの中で、心が温まるシーン」をヒアリングした結果、家族や親しい友人だけでなく、近所の人や喫茶店のスタッフ、たまたま居合わせた見ず知らずの人とのつながりが4割も挙げられたことが意外な発見でした。

このような、あまり付き合いのない人や見知らぬ人との関わりを「弱いつながり」とここでは名づけてみます。

「弱いつながり」のメリットを深掘りすると大きく3つの点が挙げられます。

Be myself:離れた関係の人とは、社会的立場や役割を気にしなくていいため、気軽にありのままの自分を出せる

Inspirational:普段接することがない人のため、新しい気づきや発見をもたらしてくれる

Belonging to the world:挨拶などの何気ない会話だけでも、自分の存在が他者に認められ、距離が近く感じられる

3. 日常の中で、心地良く暮らすために

今回の調査を通じて、下記2つのことが明らかになりました。

  1. ひとりで過ごすことを好む一方で、つながっている感覚が欲しい
  2. たまたま居合わせた程度の見知らぬ人との「弱いつながり」に価値を感じている

しかし、つながっている感覚が欲しいと思っていても、見知らぬ人と緩やかに弱くつながるような場面が少ないと感じます。海外ではカフェや公共の場で軽い挨拶やちょっとした会話が自然に交わされることが多いですが、日本ではどうでしょう。RIPPLEコミュニティメンバーの約9割も「人へ話しかけたいと思ってもできなかった」という経験があると答えました。「相手に迷惑と思われないか」といった他者からの視点を気にするようです。

日本人は、「ソト」と「ウチ」という明確な区別をする傾向があると言われています。 [※4] それゆえ、ソトの他人という壁を越えるハードルが高く、関わることを躊躇してしまうのでしょう。

そこで、弱いつながりを自然と生み出すための環境として、ソトとウチの境界線を「曖昧」にする「縁側」的環境が必要ではないかと考えました。

この「縁側」的環境によって、ひとりで過ごしながら外の世界とつながることもでき、見知らぬ人と緩やかにつながる機会も生み出すことができるのではないかと思います。

境界線を曖昧にしたことによって、「弱いつながり」が生まれている事例を紹介します。

「チロル堂」[※5]は、緩やかに大人と子どもをつなぐ駄菓子屋さんです。大人がカレーやお弁当を支払った代金の一部が、チロル札という形に還元され、地域の子どもたちが無料で駄菓子を楽しむことができるようになっています。大人がご飯を食べることによって、それが地域の子どもたちの笑顔につながるといった、大人と子どもが間接的につながる仕掛けがなされています。[※6]

提供:チロル堂

複合施設「GREEN SPRINGS」[※7]では、”まちの縁側”を建物コンセプトとし、パブリック空間と人々のプライベート空間をゆるやかにつなぐ設計がなされています。また、「プレイスメイキング」という考え方を取り入れ、単なる”プレイス“を”居場所”に変換し、訪れる人に憩いの場を提供しています。[※8]

提供:立飛ストラテジーラボ

4. 最後に

私たちは、個人主義の性質を持つが故に、人との関わりを「窮屈」「面倒くさい」と感じることがあります。一方で、私たちはどこかで人とつながっていたいと思う矛盾を抱えています。そこで提案したいのが、しがらみのない、「弱いつながり」です。ひとりきりの時間や、気の置けない人との時間はもちろん大事にしつつ、たまたまその場に居合わせた程度の見知らぬ人との「弱いつながり」が、心地よく暮らすヒントになるのではないでしょうか。
事業・サービスを考える際には、曖昧さを生む「縁側」的環境を念頭に、弱くつながるような仕掛けや空間を考えてみてはいかがでしょうか。

参考文献


Interbrand Japan Senior Planner
森山 知世Chise Moriyama

戦略クリエイティブファームにおいて総合不動産やホテル運営会社のコーポレート・事業ブランディングに携わり、戦略的な視点を取り入れたプランニング~エグゼキューション領域を強みとする。2023年にインターブランドに参画し、企業のブランド体験開発に取り組んでいる。