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Voice of Japan 17
「デザイン行動宣言のその後、デザインと経営のこれから」

3行でまとめると

  • デザインは見た目の美しさだけでなく、課題解決や価値創出の手段として重要視され、生活やビジネスに深く溶け込んでいる
  • デザインの質が上がり生活に欠かせないものになっている一方で、同質化が進み、新しさを感じにくくなっている。企業は独自性の確立が課題となっている
  • 経営視点では「デザインで何を解決するか」が問われる。デザイナーが初期から関わり、課題解決や価値創出の視点を持つことで、企業は競争力を高め、社会に貢献できる

イントロダクション

2018年に経済産業省と特許庁が「デザイン経営」宣言を発表して以来、デザインへの期待がこれまでになく高まっています。[※1]
従来、デザインは主に視覚的な美しさを生み出すものと考えられてきました。しかし近年では、課題解決としてUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)を通じた課題解決の手段としての役割に加え、課題を発見するための思考の枠組みとしての重要性も認識されるようになっています。
現在では、企業の経営層においても「デザインによって新たな価値を創出する」という「デザイン経営」宣言の理念が浸透し、デザインを戦略的に活用する姿勢が求められています。デザインは、新たな事業やサービスを創出するうえで不可欠な要素となりつつあります。しかし、その力は実際に価値として社会に浸透しているのでしょうか。また、生活者はデザインをどのように受け止めているのでしょうか。本記事では、それらの視点からデザインの影響を探ります。

インターブランド・ジャパンでは、生活者オンラインコミュニティRIPPLEを通して様々な年代からなる生活者300名と継続的な対話を行い、日々変化する暮らしの状況に合わせて人々の内面はどのように変化しているのか、理解を深めています。

1.日常に浸透するデザインの力

見た目の美しさだけでなく、使いやすさや心地よさを通じて価値を生み出すデザインは、私たちの生活に深く溶け込んでいます。では、そうしたデザインの力は実際にどのように受け止められているのでしょうか。

こうした声からは、デザイナーが制作の過程で「手に取る人や目にする人に、こう感じてほしい」「こう受け止めてほしい」と構想し、意図したことが、エンドユーザーに感覚的に伝わっていることがうかがえます。
デザインの良さは、人の心を動かし、記憶に残り、ブランドの価値を上げる力を持ちます。その効果は特定のカテゴリーや価格帯に限られるものではなく、身近なモノに触れることで満足や幸せを感じる瞬間にもつながっています。つまり、デザインは単なる装飾ではなく、私たちの日常に溶け込みながら、無意識のうちに感情や体験に影響を与えているのです。

デザインは、生活者が意識していなかったようなアイテムにまで浸透し、日常のあらゆる場面でその質を底上げしています。私たちの身の回りにある多くのモノが、機能性だけでなく美しさや使いやすさを備え、より快適で豊かな暮らしを支えているのです。

一方で、現代は代替品が豊富に存在する時代であることから、どのブランドであっても、変わらず充足感を得られるという声も多く聞かれます。この充足感と代替の多さは、生活者が「良いデザインが当たり前」と感じるようになったことを示しています。日本の消費者は、満足度の高いデザインを当然のように享受し、その目はますます肥えてきています。しかし、その一方で、同質性が増しているため、ブランドならではの独自性や唯一無二の体験が少なくなっているのも現実です。

デザイン経営が直面する組織的な課題

「デザインの力によって新しい価値を生む」というデザイン経営の推進が産業界で注目される一方で、生活者の視点では「デザインの質が底上げされているものの、同質的なデザインでは新たな価値として感じにくい」という現実があります。このギャップは、デザインの進化が技術的には進んでいる一方で、生活者が求める独自性や個別の体験が欠けていることが原因ではないかと考えられます。産業界では、効率的で高品質なデザインが重要視されていますが、生活者にとってはそれだけでは「新しい価値」としてのインパクトが薄れているのです。では、どのようなデザインが今後、真の価値を生み出すことができるのでしょうか?

出典:第2回 企業経営におけるデザイン活用実態調査 [※2]
*5,855社の企業を対象にWEBアンケート調査を実施し、493社から有効回答を得た調査結果となる

企業を対象とした調査結果から見ると、企業内には依然としていくつかの課題が残っています。具体的には、費用対効果の説明が難しいこと、社内でリーダーシップを発揮できるデザイナーの存在やマネージャーのデザインに対する素養が不足していること、さらには経営者がデザインの必要性を十分に認識していないことなどが挙げられます。これらの組織的な課題は、デザイン経営の導入においてまだ解決すべき重要なポイントです。

一方で、実際にはデザインへの投資に対する期待は高まり、投資額は増加傾向にあります。それにも関わらず、なぜデザイン経営は簡単には取り入れられないのでしょうか?

”そこそこデザイン” という落とし穴

経営者にとって、デザインの判断は簡単なものではありません。ビジネスにおける失敗は避けたいですし、多くの人に受け入れられる商品やサービスを提供したいという思いが強いからこそ、成功確率を上げるためにマーケティング的には消費者の意見を取り入れ、さまざまな修正を加えていくことになります。このように、皆で合意を形成しながらプロセスを進める「民主的なプロセス」では、デザイナーが最初に考えたソリッドなアイディアが、次第に丸みを帯びて「そこそこデザイン」になっていくケースが多く見受けられます。

さらに、デザイナーが関与するのは主に商品開発やマーケティングのプロセスの一部であることが多く、経営の視点での課題を十分に理解できないまま、現場レベルでの課題解決に奔走してしまうケースが見受けられます。その結果、デザインの方向性が経営者の抱える本質的な課題と連携しないままアウトプットされるケースも少なくありません。

デザインを経営要素として取り入れようとする際、特に日本企業では調和的な意思決定が優先される傾向があります。そのため、個人の内発的なアイディアを大切にするデザイナーの思考が理解されにくく、組織の中で皆が納得する論理的思考が優先される場面では、摩擦が生じやすいのかもしれません。

3.デザインと経営の相乗効果への期待

経営とデザインの融合が生み出す新たな価値

この「落とし穴」の裏返しとして、経営におけるデザインの大きなチャンスがあると考えられます。デザイナーが企業において、マーケティングプロセスにとどまらず、企業戦略における経営プロセスの初期段階から関与することで、経営とデザインのギャップを縮めることができると考えられます。例えば、Appleの元CDOジョナサン・アイブは、革新的なApple製品のデザインを手掛けただけでなく、経営とデザインを深く結びつけたことが成功の大きな要因です。スティーブ・ジョブスをはじめとするAppleの経営者たちの哲学を形にし、製品を素早く世の中に送り出すことで、彼は同社の成長を支えました。
また、Pinterestのエヴァン・シャープ氏は、ビジュアル中心のインスピレーションをシェアするプラットフォームを生み出し、Airbnbのジョー・ゲビア氏は「知らない人同士が家を共有できる」というアイデアでホスピタリティ業界の根本的な課題をデザイン思考によって解決しました。彼らはデザインのバックグラウンドを持ち、世界に浸透するほどの新しい価値を生み出し、ビジネスを成功に導いています。
さらに、NIKEも長年にわたり成功を収めているブランドのひとつです。アメリカ本社にあるブルーリボンスタジオは、美術室のような雰囲気のラボで、約1,000―人のデザイナーが所属しています。[※3]
このスタジオは、冒険心と革新を追求する精神のもと、社員のクリエイティブな潜在能力を解き放ち、NIKEブランドに独自の価値を反映させる場となっています。こうした取り組みが、NIKEのブランド力を強化し、業界のトップに君臨し続けている要因となっているのです。

国内でも、ユニクロの佐藤可士和氏や無印良品の原研哉氏が、ボードメンバーにデザインの重要性を直接的に問いかけ、ブランドの存在感を高めてきたことは広く知られています。また、BtoB業界でも、NECがCDO(最高デザイン責任者)のポストを設け、自社の経営戦略にデザイン部門を密接に配置するなど、経営とデザインの重要性に気づき実践する企業が増えています。
デザイン経営を実践している企業は、経営の近くにデザインリソースを配置しています。「デザインスキル」には、デザイン部門に所属する人材や、デザインの発案起点となる考え方が含まれます。企業の価値創造のプロセスそのものが「どのようにブランドらしい体験を創出するか」を起点として進められ、経営のプロセスにデザインが組み込まれることで、唯一無二のブランド体験が生まれています。このように、経営とデザインの融合が、価値創造の鍵となっているのです。

視点の違いを理解し、学び合うアプローチ

経営者から見ると、デザインを司るデザイナーの言語は理解しにくいという問題があります。この違いは、合理的で論理的な左脳思考と、感覚的・感性寄りの右脳的思考に起因しています。前述のように、デザインのバックグラウンドを持ちながらも経営にアプローチする方々に共通しているのは、経営者の言語を理解し、アーティスティックな観点とサイエンティフィックな観点を交互にアプローチしながら両方をこなす能力です。しかし、現実には、この両方を1人でこなすことができる人はそう多くはありません。

そこで、GAFAMをはじめとした欧米企業では、「アーティスティック・インターベンション」というアートを通じて企業組織の中に学びを生み出す研究と実践が進んでいます。これらの企業では、組織のマネジメントにおけるさまざまな「コンフリクト(摩擦)」に着目し、その対立や衝突を単に論理的に理解するのではなく、別の視点から対応する方法をアートによって学べるとしています。これにより、左脳的思考を持つビジネスパーソンと右脳的思考を持つデザイナーとの融合が図られています。[※4]
つまり、経営とデザインの間にあるギャップは、双方の視点を理解し、橋渡しできる存在が関与することで解消できる可能性があります。経営とデザインの考え方を行き来しながら調整する役割を担うことで、経営者のデザインに対する素養不足を補い、デザインに対する理解を深める一つの効果的な解決策となり得るのです。

こうした観点を踏まえると、経営者のデザインに対する視点も変化が求められます。「デザインをどう活用するか」という従来の考え方から、「デザインはどのような課題を解決するものか」という本質的な問いへとシフトしてみるのはどうでしょうか。デザインは、ものごとの根底にある固定観念や偏見を見つめ直し、新たな意味を見出しながら、人々が受け入れやすい形で社会に実装していくものとも言えます。この視点の転換によって、デザインの活用範囲がさらに広がっていくはずです。
一方で、デザイナーへの期待や役割もこれまで以上に拡張していくと考えられます。「デザイナー」と一括りにしても、その思考の起点は個々人によって異なります。アート寄りの志向を持つデザイナーであれば、より強い問題提起力や思考力を発揮し、経営プロセスに新たな視点をもたらす存在になり得るでしょう。また、商業デザインの分野に長けたデザイナーであれば、表現力や課題発見力を活かしながら、「アーティスティック・インターベンション」のような役割を担い、経営とデザインの橋渡しをすることで、イノベーションを促進する可能性もあります。デザインの力を経営に統合することで、新たな価値創出の機会はますます広がっていくのです。

デザインを経営に取り入れることは、既存の価値観や固定観念に働きかけ、新たな視点を生み出す原動力となります。発想を広げ、当たり前とされてきた意味に再考を促すことで、受け手の視点を変え、企業が提供する価値そのものを進化させるきっかけとなるのです。この力が作用することで、企業は単なる製品やサービスの提供にとどまらず、社会全体に新たな価値をもたらす存在へとシフトしていくことができるのではないでしょうか。
つまり、デザイン経営とは、ビジュアル表現にとどまらず、ブランド体験を含めた戦略全体を通じて価値の変革を生み出すことにあります。創出された価値が社内プロセスで平均化されたり、意図しない形に歪められたりすることなく、受け手に純粋な体験として届けられることが重要です。そのため、先述のブランドのように、新しい価値を生み出す企業では、固定観念を超える挑戦として、デザインを戦略的に活用し、組織内においても変革を促す役割を持つ人材を配置するなどの試みが行われています。

4. 最後に

私たちの暮らしの中には、デザインされていないものは存在しません。それほど、デザインは私たちの生活に深く浸透し、社会を形作る重要な要素となっています。そして、変革を目指す経営者とデザイナーが手を取り合うことで生まれるインパクトは計り知れません。
デザイナーは独自の視点を活かしながら、経営者の理解を深め、デザインの本質を学ぶ機会を提供します。一方で、経営者は「デザインをどう活用するか」ではなく、「デザインによって何を解決するのか」という視点へと移行していくことが求められます。単に新しいデザインを生み出すことが目的ではなく、デザインと経営が融合することで、ブランド体験を育み、持続的な価値創造を実現することが重要なのです。
このデザインの力を最大限に活かすためには、企業の経営者だけでなく、マーケターを含む各部門がその意義を理解し、自らの業務に取り入れていく必要があります。デザインと経営の融合は、一部の専門領域にとどまるものではなく、企業全体の未来を形作るための本質的な問いなのです。

参考文献


Interbrand Japan Director
近藤圭 Kei Kondo

事業会社での商品開発やデザイニングを長く経験し、インターブランドに参画。コーポレートブランディングに携わり、戦略×クリエイティブの視点を取り入れたプランニング~エグゼキューション領域を強みとしながら企業のブランド体験開発に取り組む。